西郷どんNHK大河ドラマゆかりの鹿児島市観光スポットと温泉地は?

スポンサーリンク

2018年のNHK大河ドラマは、西郷隆盛を主人公にした「西郷どん」で、読み方は「せごどん」です。林真理子氏の小説を原作に中園ミホ氏の脚本で、時代を切り開いた男・西郷隆盛の生涯を新たな視点で描かれるということで、鹿児島の方言やイントネーションも楽しみですが、西郷隆盛の大河ドラマでの描かれ方にも興味があります。そこで今回は、鹿児島市での西郷隆盛ゆかりの史跡や温泉地などのおすすめ観光スポットを紹介します。

西郷隆盛銅像展望ホールK10カフェとは?

鹿児島市には、西郷どんの曾孫こと西郷隆夫氏がオーナーで、玄孫こと若松宏氏が店長の西郷隆盛銅像展望ホールK10カフェがあります。

西郷隆盛銅像展望ホールK10カフェは、2015年4月にオープンしました。店名にあるK10は、西郷隆盛の集大成の教え「敬天愛人」に由来します。店内では、肖像画ジグソーパズルなどオリジナルグッズの販売もしています。

南東に窓がある店内は明るく、西郷隆盛像のほか、鹿児島市街地越しに桜島を見ることができます。西郷どんに関することなら何でも豊富な関連資料をもとに解説してくれます。

◆住所:鹿児島県鹿児島市城山町2-30二之丸ビル5階
◆時間:10:00~18:00
◆店休日:月曜(変動の場合あり)
◆お問い合わせ:099-295-4189

鹿児島市維新ふるさと館とは?

西郷隆盛の誕生地の横にあり、パネルや模型、映像、ロボットを使ったドラマなどを通し、明治維新を楽しく知ることができます。

館内1階では、西郷隆盛が実際に使用していた扇子や下駄が展示されています。また、薩摩の近代史や郷中教育などをパネルや立体展示で分かりやすく解説されていて、西郷どんの実像に近づくことができます。

地下1階の「維新体感ホール」では、音と光の演出を施した2本のドラマを上演しています。西郷隆盛をはじめ、明治維新に活躍した人物のロボットが迫真の演技を見せてくれます。

◆住所:鹿児島県鹿児島市加治屋町23-1
◆時間:9:00~17:00(入館16:30まで)
◆料金:大人300円、小人150円
◆お問い合わせ:099-239-7700

西郷隆盛ゆかりの観光史跡巡りスポットは?

【西郷隆盛の生誕地】

西郷隆盛が生まれた下加治屋町(現:加治屋町)は、幕末から明治維新で活躍した人物を多数輩出しています。大久保利通生い立ちの地や東郷平八郎の生誕地もすぐ近くにあります。

◆住所:鹿児島市加治屋町5-2

【私学校跡】

西郷隆盛が下野後に設立した私学校の本校で、鶴丸城の旧厩後に銃隊学校と砲術学校を建てました。付近一帯は西南戦争の激戦地になっており、塀には当時の弾痕跡が残っています。

◆住所:鹿児島市城山町8

【黎明館/鹿児島県歴史資料センター】

鹿児島県の歴史や文化を紹介する施設です。幕末の薩摩藩に関わる資料をはじめ、西郷隆盛の遺品も多数展示されています。

◆住所:鹿児島市城山町7-2
◆時間:9:00~18:00(入館17:30迄)
◆お問い合わせ:099-222-5100

【西郷隆盛の終焉の地】

明治10年(1877年)9月24日、官軍に迫られた西郷隆盛は、敵陣に向かうなか、この地で銃弾を受け自刃しました。記念碑には、西郷隆盛の終焉の様子が詳しく記されています。

◆住所:鹿児島市城山町12

【西郷隆盛洞窟】

田原坂から敗走して鹿児島に戻った西郷軍は、城山に立てこもり、最後の5日間を過ごしました。西郷隆盛は最後までこの洞窟で薩摩軍の指揮を執ったとされています。

◆住所:鹿児島市城山町19

【城山】

鹿児島市街地の中心部に位置する標高107mの小高い山で、西南戦争の最後の激戦地となり、史跡が多く残っています。展望台から望む桜島の風景は圧巻です。

◆住所:鹿児島市城山町22

【南洲墓地・南洲神社】

明治16年(1883年)、西郷隆盛はじめ西南戦争で戦死した薩摩軍兵士の遺骨が集められて埋葬されました。2023名が眠っています。大正11年(1922年)、南洲神社として認定されました。

◆住所:鹿児島市上竜尾町2-1

【開墾社跡】

下野して鹿児島に帰郷した西郷隆盛は、この地に開墾社をつくり、私学校の生徒たちとともに農作業に汗を流し、夜は勉学に励んだとされています。

◆住所:鹿児島市吉野町

【西郷隆盛の蘇生の家】

安政5年(1858年)、安政の大獄で追われた僧・月照とともに西郷隆盛は錦江湾に身投げをしました。しかし、西郷隆盛だけがこの藁葺き屋根の家で息を吹き返し助かりました。

◆住所:鹿児島市吉野町9771

【西郷南洲の野屋敷跡】

西郷隆盛の青年時代に困窮した家計を助けるために周囲に里芋などを植えていたという農事小屋で、西南戦争出陣後は妻のイトをはじめ、11人の家族が暮らしました。

◆住所:鹿児島市西別府町2790

【西郷隆盛の武家屋敷跡】

征韓論争に敗れ鹿児島に帰郷した西郷隆盛が、明治6年(1873年)から西南戦争が勃発する明治10年(1877年)まで暮らした屋敷跡です。現在は、その当時の井戸のみが残っています。

◆住所:鹿児島市武2-28-7

西郷隆盛ゆかりの温泉地巡りスポットは?

西郷隆盛ゆかりの温泉地で資料に残る最も古いものは奄美大島から帰藩した文久2年(1862年)の指宿温泉です。

その後は西南戦争が勃発する前年の明治9年(1876年)の日当山温泉滞在まで確認できるだけで9つの温泉地を訪れています。

【日当山温泉】

日当山(ひなたやま)温泉は、明治元年から9年(1868年~1876年)に西郷が最も多く訪れたとされる温泉地です。地元の名家であった龍宝家の屋敷に滞在し、狩りや釣り、時には相撲を楽しんでいました。浴槽ではいつも湯の吐き出し口に座っていたという逸話が残っています。

◆泉質
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物温泉

◆適応症
きりきず、末梢循環障害、冷え性、皮膚乾燥症など

【川内高城温泉】

川内高城(せんだいたき)温泉は、西郷隆盛ゆかりの地として伝わる温泉地です。西郷の訪問時期は定かではありませんが、温泉地周辺には西郷逸話が多く残っています。古い町並みの一角に西郷が入ったとされる共同湯や、常宿とした旧五助屋(現在の双葉旅館)などが残る情緒溢れる湯治場であります。

◆泉質
単純硫黄温泉

◆適応症
アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、慢性湿疹、表皮化膿症など

【栗野岳温泉】

栗野岳(くりのだけ)温泉は、八幡地獄と呼ばれる噴気地帯を後ろに控え、およそ人の世界とは隔絶した山間の湯治宿です。西郷隆盛は従僕一人と犬数匹と訪れ暫く滞在しますが、西郷自身が書いた手紙の中でも「全く仙境に御座候」と栗野岳の風土と湯を絶賛しています。

◆泉質
酸性・含鉄(Ⅱ・Ⅲ)-アンモニア・硫酸塩温泉など

◆適応症
アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、耐糖能異常、表皮化膿症など

【吹上(伊作)温泉】

吹上(ふきあげ)温泉は、西郷が好きな狩りに明け暮れ、その疲れを癒したとされる湯治場です。弟が東京から連れてきた蘭犬は狩りの役には立たないと記しています。東郷平八郎書「西郷南州翁来遊之地」碑や「西郷南州先生仮舎跡」など西郷ゆかりの地も多いです。

◆泉質
単純硫黄温泉

◆適応症
アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、慢性湿疹、表皮化膿症など

【鰻温泉】

鰻(うなぎ)池湖畔の湯治場での西郷は、毎朝7時前後に起床し犬を伴い狩りに出かけ、池では釣りも楽しんだようです。夕方に温泉に入り、食事は缶詰と牛酪(現在のバター)
、卵などを食べたとされ、当時愛用のシャツが残されています。

◆泉質
単純硫黄温泉など

◆適応症
アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、慢性湿疹、表皮化膿症など

【指宿温泉】

奄美大島潜居後、帰藩した西郷は足痛と称して、指宿(いぶすき)温泉に滞在しています。指宿には藩主護用達の行館と呼ばれた保養施設がありました。現在の殿様湯(二月田)には西郷の主君であり、生涯の師でもある島津斉彬も訪れています。

◆泉質
ナトリウム-塩化物温泉

◆適応症
きりきず、末梢循環障害、冷え性、皮膚乾燥症など

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする